メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ『ウォーターメロン・マン』 [BlackCinema]
メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ『ウォーターメロン・マン』(1970)
2009.01.17
メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ MVP が『スウィート・スウィートバック』の前年に撮った作品。
西瓜男の悲喜劇である。
醜男が、ある朝、目覚めたら、絶世の美男子に変身していた、という話は、マルセル・エイメの『第二の顔』。
(そのパクリがアベなんたらの『他人の顔』)
この映画では、ごく普通の白人の勤め人が、ある朝、目覚めたら、マックロの黒人に変身していた、という発端。
黒い肌をして「オレは白人だ」と叫んでも、ただ空しい。
変身後を演じるのは、ゴットフリー・ケンブリッジ。
「中味はシロイんだ、信じてくれ」といえばいうほど、おかしい。
不条理な哄笑がつづくうち、やがて、人間性の深淵が、ほの視えてくる(?)ようなトラジ・コメディなのである。
『墓にツバをかけろ』 [BlackCinema]
『墓にツバをかけろ』(1959)
2009.01.06
これは、DVDを購入して、やっと観た。
公開時は、まだ子供だったから、紹介記事をよんでコーフンしたのみ。
「白い肌をした黒人」の物語。
弟(黒い肌の黒人)をリンチで殺された兄の復讐は、ボスの女を寝取ることから始まり……。
クリスチャン・マルカンのやりたい放題。
まあ、単純な活劇で、この時期のフレンチ・ノワールだから、ジャズも愉しめる趣向だ。
原作および脚本は、才人ボリス・ヴィアン。
といっても、最初は、アメリカ黒人作家の「問題作」翻訳というふれこみで刊行された。
「白い仮面をかぶった黒人」の物語を、ヴィアンは「黒い仮面」をかぶって書いたわけだ。
この仮面の「二重化」をあんまり面白がってもしかたがないけれど……。
多芸多才の寄席芸人ヴィアンの悪趣味?
それを肥大させたフランス文化の「黒人文学コンプレツクス」を考えるべきかも。
リチャード・プライス『フリーダムランド』 [BlackCinema]
スパイク・リー『インサイド・マン』 [BlackCinema]
よく出来たハリウッド製サスペンス。
という以上の感想が湧いてこない……。
『サマー・オブ・サム』 (1999)とか、『オールド・ボーイ』 (2013)とか、わけのわからないものを観せられるより、こういう安定路線のほうがいいのは確かだけれど。
『クロッカーズ』 (1995)と較べてみれば、作家的後退は否定しようもない。
ブラックネスを感じ取れたのは、3場面くらいだった。
人質にされた黒人の子供が、ブラックばかり的にするストリート・シューティング・ゲームに熱中して親爺を呆れさせるシーン。
容疑者として「ターバン野郎」を片っ端からしょっぴいてきて、署内で恫喝をかけるシーン。
つまらない主役を押しつけられたデンゼルが、一瞬だけアドリブのように見せる「地」の表情と仕草。
ウォルター・ヒル『デッドロック』 [BlackCinema]
『シティ・オブ・ゴッド』 [BlackCinema]
『Wellcome to DEATH ROW』 [BlackCinema]
ホームページ更新日記2006.11.015
音なしにはいられない
かつての「音なしではいられない」状態がもどってきている。
調子が上向きというより、むしろこれが当たり前だから可もなし不可もなしといったところだろう。
主にインターネットラジオ利用だが、快適な環境を探すのに手間がかかった。マシーンは買い替えだろうな。
遅ればせながら、ドクタ・ドレーの『クロニクル』を繰り返し。
これはDEATH ROW のベスト・アルバムでもあり、さすがの重量感だ。
付録で、ドレーとスヌープ・ドギー・ドッグのデュエット「Nothin' but a G Thang」のMTVが入っている。
ドレーのソロはあまり印象に残らないけれど、このトラックはいい。スヌープと並んでもカリスマ性がある。
あとは、ドレーとアイス・キューブによる「ナチュラル・ボーン・キラー」だな。
それにしても『Wellcome to DEATH ROW』のDVDは最高だった。
これが「もう一つの」アメリカだと。
2PACの犬死にのような銃撃死についても、ようやくというか、得心がいった。
ああなるしかなかったわけだ。
八ヶ月のあいだに150曲つくったアベレージも、死の予感という説明ですべてぴったりくる。
伝説は必要なのだが、生きていては伝説化しない。
『トリプルX ネクストレベル』の、サミュエル・L・ジャクソンとアイス・キューブの掛け合いにある。
「それはだれの名セリフだ」と訊くサミュエルにキューブは「トゥーパックさ」と答える(字幕は「ラッパーさ」だったが)。
映画自体は、ヴィン・ディーゼルが降りてしまって、急遽主役を振られたキューブはその手の華のあるアクション・スターではないから、おかげで劇場公開もなしの低調さだった。
ブラック版007シリーズにはならず。
とにかく、いま何を聴くか、といったら、HIPHOPしかないみたいな……。
『ストレイト・アウタ・コンプトン』 [BlackCinema]
『ストレイト・アウタ・コンプトン』を観てきた。
(このページはメモリアルのためにつくっているけれど、今日の分は例外)
先行ロードショーの三日目。
平日の午前中とはいえ、盛況だ。
正直、期待を大きく上回る完成度とパワーに圧倒されっぱなしの、2時間半。
これは、ブラックシネマの頂点を極めたといっていい傑作ではないか。
映画館の大画面と大音響で鑑賞するのがふさわしい作品は、年々ますます少なくなっている。
まして、もう一度、この映画館に来てみたいと思わせるものなんて……。
この作品ほど映画という「環境」の偉大さをストレイトに発信するものは、近年ほんとうに見当たらない。
監督は『セット・イット・オフ』のF・ゲイリー・グレイ。
上画像の後列が、アイス・キューブ、 F・ゲイリー・グレイ、ドクタ・ドレー。
50セントの『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』にしろ、ビギー・スモールの『ノトーリアスB.I.G』にしろ、ギャンダスタ・ラッパーの伝記映画(サクセス・ストーリー)に期待するものはあまりなかった。
せいぜいが、CDアルバムの付録につく特典映像みたいなものか。
最近の『ジェームズ・ブラウン』にしても、「偉人伝」の様式になっているところが気色悪い。
しかもその偉人の業績には、いたるところに「ただし黒人の」という注釈が注意深く、しかし目立ちすぎないような細心の配慮をもって刻まれているのだ。
こうしたポリティカル・コレコクネスの産物を、ブラツクシネマと呼ぶことは出来ないだろう。
N.W.A.の軌跡は、伝説をつくる素材に事欠かなかった。
成功とともにやってきたメンバー同士の反目、仲間の早すぎる死、デスロウ・レコードをめぐる数々のスキャンダル、「ファック・ダ・ポリス」への警察組織の過剰反応、ラッパー仲間の内ゲバを煽る興行師……。
もちろん、材料豊富なだけでは、傑作はつくれない。
ここには、監督グレイをはじめとする制作者・出演者の初志がある。
ブラックシネマの原点、N.W.A.(主張あるニガズ)の主張の原点、それを回復しなければならない。
これは、ロス暴動に収斂していった「一つの時代」の回顧ではない。
終わってしまった「伝説の季節」を美化するものではない。
自然と口をついてくる「ファック・ダ・ポリス」の叫びは、まったく現在のものだ。20年前と変わらぬ現在のものだ。
ブラザー、何も変わっちゃいない。
マーク・フォースター『チョコレート』 [BlackCinema]
ジョン・シングルトン『サウスセントラルLA』『ワイルド・スピードX2』 [BlackCinema]
ジョン・シングルトン『サウスセントラルLA』 01年製作
2003年3月15日土曜 VIDEO
タイリース・ギブソン スヌープ・ドッグ ヴィング・レイムズ
『シャフト』のリメイクがあるなど、シングルトンも作品を撮る機会に恵まれなかった。
これは手馴れたストリートの青春もの。
ジョン・シングルトン『ワイルド・スピードX2』 03年製作
2004年4月17日土曜 VIDEO
ヒット作のシリーズ二作目ということで、漫然と観ていた。
DVD特典のメイキングを観て、ようやく監督がシングルトンであることに気づいた。
まあ、主役はチューナップカーなのだけれど。
撮影現場でいかにも楽しそうな監督の姿が印象に残った。
映画館では 観ることのできない特典だった。まあ、たしかに。
このシリーズ、ヴィン・ディーゼルとミシェル・ロドリゲスが復活した第四作から、ハイパワーの戦闘アクションとして、拡大に次ぐ拡大を遂げていく。
戦車も、飛行機も、ドローンも、この連中とスーパーカーの敵ではない!?
次は、宇宙ロケットか。
ボブ・ラフェルソン『ノー・グッド・シングス』 [BlackCinema]
ボブ・ラフェルソン『ノー・グッド・シングス』 02年製作
2003年2月7日金曜
原作はダシール・ハメット「ターク通りの家」。
オー・ノー・グッド、というしかないな。
ハメット独特の不条理感は、このような映画化をこうむることそれ自体の不条理さに換骨奪胎され……。
ってな、意味定かならぬ感想を綴らせる結果になるわけだよ。
ノー・グッド。
コンチネンタル・オプの役をサミュエル・L・ジャクソン。これだけでもびっくり。
ファム・ファタールにミラ・ジョヴォヴィッチは、まあいいとして。
黄色い男に扮したステラン・スカルスガルドの低調さにはがっかりした。
この俳優は『エクソシスト・ビギニング』でやっと真価を見せてくれた。
とにかく国際色豊かな配役はハメット精神にふさわしいものなのだが。
http://atb66.blog.so-net.ne.jp/2015-02-17
エルドリッジ・クリーヴァーの死 [BlackCinema]
エルドリッジ・クリーヴァーの死
1998年5月1日金曜
『ジャッキー・ブラウン』を観た翌日だった。
元ブラック・パンサー党幹部クリーヴァーの訃報に接した。
後年の思想的混迷の様相は、豊浦志朗『叛アメリカ史』に詳しい。
晩年の生がどんなだったか全く知らない。
半年後の11月15日、同指導者ストークリー・カーマイケルが逝った。
「国内に50、国外に50のヴェトナムを作り出せ」といった派手なスローガンが思い出される。
騒々しくて空疎な「オオボラ」だったのか。
違うだろ。
現在のUSAの状況をまさに「預言」した? のでは?
同じブラックパンサー党の幹部にラップ・ブラウンがいた。お喋りなので「ラップ」の愛称で呼ばれたのだ。
想えば、パンサーの男たちは「ラップな」やつばかりだったんだな。
ストークリーが20年後に生まれていたら、ストリート・ミュージシャン・ラッパーとして頂点に立ったかも。
エルドリッジが演説する映像とかは観た記憶がない。
けれど、アイス・Tやアイス・キューブの「アイス」は、SOUL on ICE からとったんじゃないかな、やっぱり。
ラリー・コーエン『ホットシティ』 [BlackCinema]
1998年7月13日月曜 VIDEO
『ホットシティ』 原タイトル『オリジナル・ギャングスタズ』
――なんとアイス‐Tの第四アルバムと同じ題だ。
ブラック・ムーヴィーの短い歴史が、黒い暴力と黒いセックスをそれ自体としてのみ「黒い仮面」として商品化させられるという屈辱を含みながらも、90年代の黒人自身による表現として全面開花してきた過程に必然的に(?)生まれた不可思議な作品である。
早い話が人物を黒人に置き換えただけの典型的な「現代やくざ映画」。
二十年ぶりに戻ってきた故郷で悪辣な稼業を営むギャングたちを実力でたたきだす元ギャングスタズ。
年のせいでなまってしまった体力を嘆きながらも、あこぎなまねをする新興のギャングたちに対決するセリフもおなじみのものだ。
――おれたちの時代にはこんな汚いマネはしなかった。
カタギに迷惑かけちゃいけねえ……。
パム・グリア、
フレッド・ウィリアムソン、
ジム・ブラウン、
ポール・ウインフィールド、
そして黒いジャガーことリチャード・ラウンドツリー。
すべてブラック・マッチョ時代の往年のアクション・スター。
東映やくざ映画でいえば、鶴田浩二、若山富三郎、菅原文太、高倉健、藤純子のオールスター・キャストの復活のようなもんだ。
かれらが二十年ぶりに荒廃した故郷の街に帰ってくる、これが『ホットシティ』の物語。
かつてのアクション・スターたちが物語で体現する「オリジナル・ギャングスタズ」とは、いったい何者なのか。
かれらの存在は抽象的な正義にすぎない。大衆的なヒーロー像。
しかしアメリカの都市黒人において、二十数年前に在ったマッチョ・ヒーローの像は絶対に抽象に帰すことのできない存在だろう。
かれらは過去からの亡者ではない。
現実の歴史につながる。
現実の歴史につながって、かれらは「自衛のためのブラック・パンサー党」と呼ばれていた集団を呼び戻しているのだ。 ブラック・コミュニティを自衛し、子供たちを麻薬から守り、女たちを暴力から守り、男たちにブラックマンの尊厳を与える集団――アメリカ社会がもはや永遠に失ってしまった理想。
こうした理不尽な夢をブラック・シネマの多くが内包していることを否定する者はだれもいないと思える。
http://atb66.blog.so-net.ne.jp/2015-02-12
ビル・デューク『奴らに深き眠りを』 [BlackCinema]
『グリッドロック』 [BlackCinema]
『モハメド・アリ かけがえのない日々』 [BlackCinema]
ダレル・ジェームズ・ルート『輝きの大地』 [BlackCinema]
スパイク・リー『ゲット・オン・ザ・バス』 [BlackCinema]
ついに観たぞ [BlackCinema]
ついに観た。
ダイジェスト版を観て何ヶ月かの後、フルムーヴィーのファイルをゲットした。
リチャード・ライト『Native Son』 1951
ライトは、この時42歳。
無知で粗野な黒人青年の役を演じるには、かなりの無理があった。
ということは、ポスターやスティールの図柄にも明らかなごとく、 大げさにトラジコミカルな演技で登場するしかなかったのだ。
ライトは、この後、『アウトサイダー』を書く。
早すぎる死が訪れたのは1960年。CIAによる謀殺説もあった。
このあたりのことは、おおまか『北米探偵小説論』に書いている。
リチャード・ライト『 Native Son 』 [BlackCinema]
ホームページ更新日誌2013.01.10より
捜してみるもんだ。
リチャード・ライトが自作に主演した『 Native Son 』1951 を発見したのである。
残念ながら、全編ではなくて、5分ほどのパーツに限られるけれど。
ライトは、共同シナリオと主演を担当。
黒人青年一家の貧しい暮らしから始まる導入部と、逃亡するビガーが警官隊に追いつめられるシーンと。
わずかではあるが、主人公に扮した作家のすがたに、深い感慨をおぼえた。
とくに逃亡シーンは、キャグニーの『ホワイト・ヒート』を想起させるような効果で迫ってきた。
86年のリメイク作『ネイティブ・サン』でも、逃亡シーンの特別の工夫がこらされていたことを思い出す。
そのうち、奇特な方が、フル・ムーヴィーをアップしてくれるだろうか。
『ネイティブ・サン』 [BlackCinema]
リチャード・ライト『アメリカの息子』 [BlackCinema]
マルコム本、小ブームのなか、カルチャー系マガジンによるブラック特集が目立った。
エスクァイア日本版93.1 スパイク・リー特集
スタジオ・ボイス93.3
ブラック・パワーの歴史的背景については、こちらがいくらか上。
他にも「マルコム本」が十冊近くあるが、きりがないので、割愛。
1992年、93年。ラップとブラック・シネマがいわゆる一つの「最先端」であった時期がしばらくつづく。
しかし文学のブラック・コンテンポラリに関してのお寒い状況はまったく変わらなかった。
少し遅れて、トニ・モリスンやゾラ・ニール・ハーストンの選集が出たくらい。
後はジェス・モウリーの二冊だけ。
リチャード・ライト『アメリカの息子』 Native Son
アフリカ系アメリカ人文学の最高作。
原作翻訳本はずっと入手困難のままだ。
『マルコムX自伝』 [BlackCinema]
『マルコムX自伝』
自伝刊本 三種
邦訳初刊 半分の抄訳版 68.7 河出書房
とりあえず手に入れた原書ペーパーバック 66年の7刷
完訳版 93.2 河出書房
ブラックの地にエックス印はシルバーなんだが、画像ではわかりにくい。
映画公開を機にやっと完訳が出る。
この国での「マルコム人気」というのは、その程度のもの。
文庫版
スパイク・リー映画『マルコムX』サントラCD
Malcolm X the FBI File
これはもうタイトル通りの、FBIによるマルコムXの監視記録。
マル秘ファイルの公開。ほとんどトンデモ本だ。
数あるマルコム本のなかでもナンバーワンにぶっ飛んでいる。
お値打ちはともかく。
92年の5月17日、吉祥寺のパルコ・ブックセンターで購入。2801円であった。
MALCOLM X SPEAKS [BlackCinema]
MALCOLM X SPEAKS
マルコム演説集CD二枚組
企画・製作 ブルース・インターアクション
1992年11月29日、紀伊国屋で購入。4944円。
二枚目の「最後の演説」は、声に疲れがあり、しばしば咳によって中断されている。
当日の早朝に自宅が爆破されたからだ。
FBIもNYPDもガードを意図的にさぼっていた。果たしたのは監視任務だけだ。
銃撃による暗殺はこの一週間後、1965年2月21日だった。
ひところはどこに出かけるのも、これを聴いていたものだ。
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『ソウル・オブ・ブラック・ムービー』など [BlackCinema]
1992年、93年はブラックシネマの頂点となる。
ロサンジェルス暴動とスパイク・リー映画『マルコムX』の公開と。
参考書、便乗本も数多く出た。
『異人たちのハリウッド』 映画宝島91.12
『黒人学・入門』 別冊宝島EX93.11
『ブラック・ハリウッド』1993
Contents
Introduction
1 an Historical Perspective
2 Getting a Foot in the Door a Forty Year Ordeal
3 the Business of Making Films
4 Superstars Transcendending or Perpetuating Stereotypes?
5 a Look at Quarity
6 the Rise of the Independents
7 Into the Nineties
8 the Black Experience goes Mainstream
『ソウル・オブ・ブラック・ムービー』
―’70sブラックスプロイテーション、オリジナル・サウンド・トラック&ポスター・アートワークス
白夜ムック (Vol.83)
ブラック・カルチャー本のなかでは最高にマニアックな一冊。
ブームの時代からはっきりずれているところもマニアックの心意気か。
何しろ近い過去の90年代ブラック・ムーヴィーはまったく興味の対象には入っていない。
2003年版もある。
『スライ・ストーン Dance to the Music』 [BlackCinema]
『スライ・ストーン Dance to the Music』
DVD 新発売。気がかりなので、レンタルで観た。
モノは2008年の、オランダ作家によるテレビ番組用ドキュメント。
ただし、本年度(2015年)の追加シーンもある。
レンタル版だから、未発表ライヴ映像とか未公開インタビューとかは、残念ながら、付いていない。
作り手がものスゴイ「スライ・オタク」で、消息不明の伝説的ミュージシャン追跡というストーリーを大げさに押しつけてくるうえに、スライの伝記作家を称する双子の兄弟(作り手を上回る超スライ・オタクのおっかけ)をヒーローあつかいしているので、前半は、ちとしんどい。
ずいぶん前に、『リ・スライ』という CD を買ったことを思い出す。「Differnt Strokes by Different Folks」がサブタイトルだった。
長い時間の断絶をおいて、別のジェネレーションのもつ「音楽」体験との落差にまざまざと直面する想いだった。
ウッドストックで最も突出して輝いていたグループ。
その後、五年ほどで失速した。
ブラック・パンサー党(BBP)は「スタンド」をテーマ・ソングに採用した。
けれど、政治的急進主義からの介入は、あまりに貧しい引き回しでしかなかった。
BBP は、メンバーの白人との混成を批難し、
多額のカンパ要求と、
よりラディカルなプロパガンダ路線採用をつきつけてきた。
後のことは、お決まりの「転落」物語だ。
精神的迷走、家庭の崩壊、ドラッグによる拘引…。
60年代末のヒーローたちは、早すぎる死によって、伝説を美しく完成させていった。
ジミ・ヘンドリツクス、ジャニス・ジョプリン、オーティス・レディング…。
「30歳以上は信用するな」というテーゼの最高に雄弁で〈生きた〉サンプルだ。
スライには、その途はなかった。
スライ&ファミリー・ストーンの軌跡は、R&B と HIPPOP の橋渡しのような位置にあるのだろう。
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「ランニン・アウェイ」
これは、スライの妹ロージー・ストーンのボーカルだ。
ブラックシネマ ベスト10 [BlackCinema]
ブラックシネマ ベスト10
2 フレッシュ ボアズ・イェーキン
3 セット・イット・オフ ゲイリー・グレー
4 サバイビング・ゲーム アーネスト・ディッカーソン
5 レイジ・イン・ハーレム ビル・デューク
6 ボーイズン・ザ・フッド ジョン・シングルトン
7 ドゥ・ザ・ライト・シング スパイク・リー
8 ニュー・ジャック・シティ マリオ・ヴァン・ピーブルズ
9 クロッカーズ スパイク・リー
* トレスパス ウォルター・ヒル