クェンティン・タランティーノ『ジャッキー・ブラウン』 97年製作



 1998年4月30日木曜

 良くも悪くもブラックシネマの一時期は、
タランティーノ・スタイル(というか、タランティーノ=レナード・タッチ)によって幕を閉じられた。
 ポストモダン?
 脱イデオロギー?
 脱ナショナリズム?
 脱黒人至上主義?



 ヒロインはパム・グリア。
 すべての者はブラック・クイーンに平伏すのだ。理屈はない。
 70年代の黒人エロ映画でシコシコやって育った悪ガキがハリウッドの頂点に立って、パム・グリア賛歌のやりたい放題をやったわけだ。
 ブラック・エロスの女王。
 話は原作(エルモア・レナード)のユルさを拡大したようなところがあるし、他の役者も居心地悪そうだったが。

 すべてをかっさらったヒロインのドアップに、ボビー・ウーマックの「Across the 110th Street」がかぶってくる。
 パムの全身がシャウトする。このラスト。
 これだけなんだな。これが映画だっていう瞬間。
 だれがなんといおうと映画は女優だ。

 この呼吸は、かつての東映任侠映画が藤純子に捧げたオマージュの質と同じ。まったく同じなのだ。