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日本映画の一九八三年をふリ返える [AtBL再録2]

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 一九八三年夏、観客が映画館に戻ってきた。戻ってきた観客たちと映画との距離はわたしには視えない。視えないところでわたしはわたしの映画について語ってきた。

 映画館の暗闇を埋め尽した若い世代の観客たちが観たものをわたしは観ていないだろう。層としてのかれらの片言のメッセージは、闇の中に、あるいはスクリーンの中に(どちらでも同じか?)吸い込まれてゆく他ないのだろうか。確かに、『南極物語』『時をかける少女』『探偵物語』『プリメリアの伝説』などの満員夏休み映画の館内からは、こうした奇妙にスリリングな断絶が感得できた。これは、断るまでもあるまいが、映画作品自体にあるダイナミズムとは別のものだ。
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 同様の興奮は『戦場のメリークリスマス』の会場にもあった。ここで象徴的なことなのだが、大島渚は自作の擁護を、映画をまるごと受け入れて感応した観客である十七歳の少女による作品評で代行しようとした。
 自作への酷評に対置して少女さまは神様ですを展開する実作者の倨傲を、ここは論評する場ではないだろう。意図はどうであれ、大島は、端的にいって、映画批評不毛の現在を撃つことだけはした、のだとわたしは受け止める。
 そうである。不毛の不毛なる不毛のゴミ山なす映画評論は、本年も、観客たちとは無縁の一方通行路に発信し続けている。これらの言説とは一体何であるのか。

 例えば、一九八三年、この首都は、伝統から根こそぎにされた特異な西ドイツ映画作家たち、奇怪に権力意志を密通させた作品の作り手であるヴェルナー・ヘルツォークや折り目正しい映画青年ヴィム・ヴェンダースを迎え、そして帰ってきたゴダールをその新作と共に(本人の来日は中止に終ったが)迎えた。このドイツ映画祭の盛況さもまた記憶に新しい。観客たちはここで、小津安二郎を師とあおぐ永遠の映画青年風ヴェンダースや血に飢えたゲルマン・ファシストの「気狂いヘルツォーク」や「映画中毒」の夭逝者ライナー・ファスビンダーに、唐突に出会うことになる。
 いきなりに、である。

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 このことは輸出振興会作家と成り抜けてしまった大島や今村昌平の映画の通用の仕方とどう関わるのだろうか。ニュー・ジャーマン・シネマの自己規定を要約すれば、外国でより多くの観客をもってしまうことの当惑、ということであった。これが一部の日本映画状況と相関わっていないはずがないのであるが。

 それらを横断的に切り裂く言葉はないのか。依然として映画評論とは低迷と意志薄弱と自己満足との永久時計に閉じ込められた一つの通過儀礼で慎ましくも在り続けるようだ。
 わたしの関心は、映画を見続けると同時に、《すぐれた対立者はいないか……敵になにかをあたえうるすぐれた対立者》はいないかの呪文のように、少しは読むに耐えうる映画批評を捜すことにもあった。例えばヴェンダース論を書いて、《映画であることの甘美な残酷さ》と、かれ自身の仰々しいトートロジーの十枚舌を飾る題目をつくってみせて、作品論へとたてこもる某教授の方法がある。わたしはむしろ賞めているのであって、毎年の行事に映画言説ベスト・テンがもしあったら一票投じようと思っていただけなのだ。

 そして一方に、メジャー映画の一角に、作品活動を開始してから比較的早く上昇する機会に恵まれる、三十代の新人(そう呼ぶにふさわしくないかもしれない)たちがいる。かれらはマイナーからメジャーヘの弁証法に素早く立ち合わされて、何を、かれら自身の世界として選ぶのか。
 映画批評はそこで立ち止まり、やがてはがーかれらを相手にすることでさしあたっての問題を一段落させようとする。『魚影の群れ』『家族ゲーム』『探偵物語』などが対象に浮んでくる。
 更に批評は、目配りの良さを誇って、マイナーから新人として登場したり、マイナーそのものでやり続けたりする作り手にまで及び、『神田川淫乱戦争』『アイコ・十六歳』などが、話題に載せられる筈である。

 それにしても、映画から映画への路地裏から大通りに突き抜ける途はあるのだろうか。今日の映画状況は、巨匠たちの外国志向、中堅たちの低落もしくは沈黙、ここ数年の新人たちの急速な中堅化、というような脱速現象としていっそうすさまじい様相を呈している。
 すさまじさの原初的な力は今日の観客である。今日の観客は明日の作り手であるだろう。明日の作り手であるだろうかれらはどんな大通りに出てゆくのだろうか。そしてかれらは困難な批評の時代をどう血肉化してゆくのか、それがさしあたっての結論めいた感想である。

「ミュージック・マガジン」1984年2月号


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