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スピルバーグ『シンドラーのリスト』  [afterAtBL]


  ユダヤ人入植者の街ヘブロンで多くのパレスチナ人が殺傷されたというニュースもなまなましいとき、満員の映画館でスピルバーグ工房の大評判ヒューマニズム反戦映画『シンドラーのリスト』を観ることは、なんとも居心地の悪い体験だ。
 何も言葉が浮かんでこない。
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  またしてもハリウッド映画の勝利か。涙のカタルシスを劇場スクリーンいっぱいから発信する職人芸だ。
 半世紀は微妙な差異だ。現代史として遠ざけるにはまだ鮮烈すぎるが、記録としてとどめられるにはずいぶん薄ぼけた〈歴史〉がここにある。
 なかば光りをさえぎられたモノトーンの抑制された画面。そこに、ホロコーストの恐怖とそれへの絶望的な身ぶりとが、計算しつくされた効果をもって次第に高まってくる。静かに、だがみなぎる力で。
 銃声は最初に一発、乾いたエコー。押さえに押さえられていた画面に一発の銃声が不吉に衝撃的に響くと、あとはもうとめどなくばらばらと乱射が続いていく。
 これはユダヤの民衆を襲う集団的受難だ。と作者は訴える。そう、かれらは一貫して集団として描かれる。カメラ・アイは客観性のおごそかな高みにすえられている。
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  もちろんスピルバーグは、いつものかれの陽気なスタイル〈映画=戦争〉を周到にひっこめている。
 もちろん虐殺は、シンドラーが丘の上からユダヤ人街区の掃討をながめるシーンその他のように、ロング・ショットで一望にとらえられもする。
 単調な技法と声高な主張で観客を怒鳴りつける作法はこの作家のよくするところではない。変化はある。にもかかわらず映画を規定しているのは静的な構図だ。
 これは戦争ではない、作者は明言する。戦争ではなく、戦争が人間を最高に醜悪にするという意味での異様な過ぎ去った時代の悪夢の出来事だ、と。
 『スター・ウォーズ』や『ジョーズ』が戦争であるようには、この映画は戦争そのものではない。というだけでは充分ではない。
 戦争を描くことを回避すらしている。狂気にとりつかれた兵士と無力に蹂躙される民族の集団、その対比に感動の質が限定される。そしてこれが〈歴史〉なのだ、と。

  主人公は矛盾にみちた男だ。ナチ党員の砲弾製作業者。戦争で大儲けし、ユダヤ人を安い賃金で使ってまたしても成功した。その蓄積こそがかれの「ユダヤ人救済」の資金だった。
 千人のユダヤ人を刑死から救った戦争商人。
 かれのヒロイズムの物語がこれだ。

『ミュージックマガジン』1994.4 

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